泳ぎ続けなければ死んでしまうマグロのように、飲み続けていないとウイスキーの話題も尽きてくるわけであるが、だからといって、ただ飲んでいるだけで良いのか、と言えばそういうものでもない。特に、バーテンダーと交わす会話の中には、彼らが積み重ねてきた知識がたくさん詰まっているし、そこからヒントを得たりすることも多いものだ。
とはいえ、リファレンスたる存在も必要だ。そういう基本があってこそ、バーテンダーの話の価値も見えてくるというものなのだ。もちろん、ネットで調べることも多いが、実際には、一覧性や写真のクオリティ、コンテンツとしてのパッケージ感、携帯性、といった点で書籍が優れている部分は非常に多い。今回は、そんな頼りになる本をちょっと紹介してみたい。
なんと言ってもこれ、「世界の名酒辞典」
まずは、講談社の「世界の名酒辞典」。毎年11月中旬くらいに刊行されるまさにリファレンスな1冊。ウイスキーだけでなく、ブランデーやジンなどの各種蒸留酒やリキュール、焼酎、日本酒、ビール、ワインなどなど、世界中のあらゆる酒の最新情報がこの1冊に詰まっている。ウイスキーのページも勉強になるが、ワインのページは、産地ごとに詳しく紹介されており、これだけで十分に基本を知ることができると思う。
1980年代の終わりに初めて買ったのだが、どんどん厚くなっていって今では640ページに達している。こうなると、大きめのノートパソコンとほぼ同サイズ・同重量なので、普段持ち歩くというわけにはいかない。2005年版の価格は税込み4200円。その分、飲んだ方が良いくらいでもあるが、実は、2005年版は酒屋方面のセールの“オマケ”で入手した。もちろん、4200円どころではない買い物をした上でのオマケである。
この世界の名酒辞典、初めて買ったころのものと最新のものを比べてみると、ブランドの盛衰や酒の流行がよく分る。シングルモルト・ウイスキーはここ数年でかなり充実したし、今はなんと言っても焼酎が注目されている。確か、2004年版から焼酎が収録され、2005年版ではさらに充実した。
シングルモルトのリファレンス「モルトウイスキー大全」
次は、小学館の「改訂版 モルトウイスキー大全」(土屋 守 著)である。シングルモルトウイスキーのことならこれである。筆者はシングルモルト界の第一人者である。2001年暮れの段階で入手できる119カ所すべての蒸留所が網羅されており、各蒸留所の沿革や代表銘柄のウイスキーのテイスティングノートなどが紹介されている。
見開き2ページに1銘柄というフォーマットなので非常に読みやすい。さすがにシングルモルトは奥が深く、収録されているもののうち7割が飲んだことない酒、という感じである。特筆しておきたいのが、写真の色の美しさ。ウイスキーの色を本当に良く再現している。ページの紙質がちょっと黄色っぽくて、真っ白でテカったタイプの紙ではないのだが、これがまたバーの白熱灯の下で見るような感じにもなっていて、良い加減の暖かみを感じる。これは、書籍ならではのクオリティだと思う。
この本の価値は、蒸留所を網羅しているところにある。半面、蒸留所ごとに代表銘柄を中心に紹介しているだけなので、熟成年数による製品のバリエーションやボトラーズものについては、この本だけでは分らない。もっとも、ボトラーズもののウイスキーに関しては、網羅するのは事実上不可能とも思われるが…。
最近は、ウイスキーやシングルモルトの入門本が数多く出回っているが、世界の名酒辞典とモルトウイスキー大全があれば、他の本の必要性はあまり感じないものである。
と、まあ、リファレンス系はこのくらいにして、以下ではウイスキーそのものというよりも、まつわる話やウンチク系の話、ウイスキーを素材にした読み物、小説などを紹介する。
人生の師が若かった頃の仕事「洋酒天国」
「洋酒天国」といえば、昭和30年代に山口瞳や開高健を擁したサントリー(当時は「洋酒の寿屋」)が出したPR誌である。書店に並んだわけではなく、トリスバー、サントリーバーに行かなければ入手できないというものだった。
手元にあるのが、サントリー博物館文庫のアンソロジー2冊。「洋酒天国 1 酒と女と青春の巻」、「洋酒天国 2 傑作エッセイ・コントの巻」である。1983年刊行で、いずれも開高健が監修である。「2」の方には、先日nikkeibp.jpの書評欄でも紹介した伊丹十三の「ヨーロッパ退屈日記」のオリジナル原稿も収録されている。
山口瞳、開高健、伊丹十三という錚々たるメンバー、人生の師とも呼ぶべき人たちがまだ若かった頃、こういう仕事をしていたのである。もう、文化薫りまくり、なのである。
非売品の「WHISKY BOOK」、ほか
「WHISKY BOOK」は、サントリーが1997年に出した全編ウイスキーの話だけの新書サイズのハンドブック。そっけない紺色の表紙の本で非売品。何かのオマケだったと思うが、入手経路や入手方法は忘れてしまった。ウイスキーの作り方、樽の話、ウイスキーベースのカクテルあれこれ、サントリーの銘柄を中心にしたウイスキーの紹介、用語解説といった内容。ハンディなサイズの中に役立つ情報が適度な感じで詰まっていて、これも手放せない1冊である。
「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」(村上春樹著、新潮文庫)、「今夜、すべてのバーで」(中島らも著、講談社文庫)の2冊も手放せない本、読むと飲みたくなる本である。前者は、村上氏がスコットランドを旅行した時のフォトエッセイで、空気が澄んでいることを感じさせる写真がとても美しい。後者は、アル中患者の入院と更生を描いた私小説的な側面もある小説。中島らも氏は、惜しくも先日亡くなった。同氏は、いろいろと問題も起こした人ではあるが、この本にはとても共感させられ一気にファンになったのを覚えている。
※この連載は2004年から2005年にかけて、nikkeibp.jpサイトに掲載したもののアーカイブです。





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